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diary
 
田村亮からひとこと

第94回 兄、高廣の急死(2006年6月2日)

5月14日博多座公演夜の部を終えて、私に付いてくれてる若い俳優さん二人と3人で食事をしてました。その時第一報「お兄様の具合がおかしいので、急遽救急車で病院に運んだ・・・」との連絡。
そして5月15日の夜、と云っても深夜0時を過ぎていたので正確には16日未明、電話の音で起こされました。
「お兄様が亡くなられました・・・」
・・・人の命って何んてあっけないんだろう・・・。
どうして?!おかしいじゃない!兄キが・・・!
兄キが何で死ぬの!?・・・
明け方まで心の中でそのくり返しでした。

私は小学校2年生の時、京都から東京世田谷の明正小学校に転校して来ましたが、その時の担任の先生からお悔やみのお手紙を頂き、その中にこんなことが書いてありました。
「・・・田村幸照君(私の本名)の身上調査の保護者名の所に田村高廣さんの名前が書かれていたのを思い出しました・・・」と。
そうです前年の小学校1年生の時に父が死んだのです。

1974年、私が芸能界に入って初めて頂いた京都市民映画祭の男優賞。その授賞式は岡崎の京都市民会館でとり行われましたが、控え室でチラッと兄キの姿が見えたのでアレッ?と思い「兄ちゃんも何か賞取ったの?」そしたら「今日はお前に賞を渡す役や・・・」とニコニコしてました。プレゼンターの為に京都まで来てくれたのでした。

 

・・・まアいいや・・・。
あちらに行けば親父もいるし、お袋もいるし・・・。
飲み仲間も・・・。

「兄ちゃん、お疲れ様・・・・」

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